資生堂の取り組みから「権利」の裏にある「義務」を読み解く

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先日、週刊誌『日経ビジネス』にて、資生堂が「企業の女性活用度調査」の調査結果1位となったという記事があった。


記事では、育児休業中の美容部員(カウンターで顧客にメイクをしたりするスタッフ)に宛てて送られてきたDVDの紹介からはじまる。


育児休業が終わり仕事に復帰した際には「働く時間や曜日、場所は会社が決定する、個人に選択をする権利はない」という、一見すると驚く内容だ。


 

資生堂の取り組みとは?

記事では育児をしている美容部員のための勤務時間を短縮する制度の取り組みを取り上げている。


1991年から導入された同社での制度では、2007年度以降、利用のしやすい制度となるよう改善を進めた結果、制度の利用者は10年で3倍増と拡大していった。


利用者が拡大するにつれ、現場では不満も拡大する。育児をしている者が早い時間で帰れるようなシフトに入る分、育児中ではない美容部員は遅番に入ることを強いられてしまう…育児を行っている者だけが優遇されていて不公平ではないか…といった不満だ。大きな声では言いにくいものだろうが、現場でこのような不満がでるのはむしろ自然なことだと思う。


 

女性の活用のため…には仕方ないのか?

女性の活用のためには、同じ職場で働くスタッフとして、育児期間にある者を最大限サポートするのは当然だ…という雰囲気が社内にはあったことだろう。育児をする女性を支援することは「正しいこと」であり、これにちょっとでも異論を唱えることは「悪いこと」であるという雰囲気もあったのではないだろうか。


このような現場の雰囲気を「正しいこと」の前ではやむを得ないのだ…として見過ごせば、女性の活用としての制度を積極的に推し進めたがゆえに、現場ではかえってモチベーションの低下を招いていたかもしれない。


そこで冒頭で紹介したDVDの内容となる。


「働く時間や曜日、場所は会社が決定する、個人に選択をする権利はない。」


会社というのは当然ではあるが利益を追求する組織体だ。そのような組織に属する以上、個人個人が何でも思う通りに…というわけにはいかない。これを前提に育児期間にある者をどのようにサポートするか一緒に考えていこう…という姿勢で、資生堂は改革に臨んだ。サポート体制を作り出すには個人としての努力も必要…ということでDVDでは配偶者や家族の協力を得るなど自分で環境を作り出す努力をすることも説いている。


「女性の活用」という理想を真の意味で目指すためには、現場で働くスタッフの声に耳を傾けなければならない。スタッフは生身の人間だ。職場とは、それぞれが自分の生活を抱え、様々な考えを持っている人々の集合体なのだ。単に理想像だけを掲げ、理想の「システム」を取り入れるだけではうまくいかないということだ。


理想を実践するにはこのような多種多様な人々が現場でコツコツ積み重ねる努力によって成り立っているということである。「女性活用」のための権利を行使するのは当たり前…という姿勢ではうまくはいかないのだ。


入念な準備をして改革をおこなった結果、1200人いた時間短縮の勤務についていた美容部員のうち、退職者は30人ほどにとどまった。また社員間にもお互いに配慮をするなど意識に変化が生まれたと記事では紹介されている。


ところで、この「権利」を声高に叫ぶだけでは物事はうまくいかない…というケースは、私の日ごろの業務のなかでもよく出くわすことだ。


 

権利の裏には義務がある。

法律の世界で度々耳のする言葉として「権利義務」というものがある。


本来の使われ方ではないが、「権利」を主張するには背後にそれ相応の「義務」があるという意味なのだ、私は考えている。


この時期は賃貸住宅に関する清算のトラブルなどが多く持ち込まれるが、それを例にとるとこういうことだ。


近年、ペットの飼育OKという賃貸物件が増えてきているが、ペットの飼育がOKという契約だとしても、何をやってもよい…というわけではない。


入居者としては、家賃を支払うことで入居して生活をする権利を得る。この反面、入居者は物件を丁寧に使わなければならないという義務を負う。賃貸物件とは他人のものを借りて使っているものなので、自分の持ち物を使用する以上に注意を払って使わなければならないという法的な義務を負っているのだ。


フローリングにカーペットを敷かないままネコを歩かせたり、爪の手入れをせずにいたためネコが柱を削ってしまっていたり…といったケースでは、ペットOKと契約書に書いてあると言ってすべてが許されるわけではない。


これまで「裁判官も巻き込まれる賃貸住宅の清算トラブル」などで退去時の清算については国土交通省がガイドラインを出していると紹介してきたが、あくまでこれは基準に過ぎない。物件の損傷の程度が激しい場合は、修理の工法によっては思わぬ多額の修繕費用を要求されてしまうことがある。


入居者として家賃を支払っているのだから自由に使う権利がある、ある程度のことは大目に見ろ…などとゴリ押しをすればトラブルを拗らせてしまうだけだ。「義務」を実践するからこそ自分の「権利」を主張できる。自らの「義務」が実践できていない場合には、「権利」を主張することがときに自分に不利となることがあるのだ。


 

違う視点で物事を眺めてみるということは悪くない。

私は日頃、様々なトラブルの相談を受けているが、そのなかで意識しているのは、この相談者が対立している相手側はどう考えるか、仮に裁判となった場合に裁判官はどう考えるか…という視点を取り入れたアドバイスをするということだ。


これは、自分が正論と思っていることは立場を変えるとどう見えるのか…ということを客観的に知ってもらうためである。仮に、相談に行った先で同じ方向でしか物事を眺めていない人と出くわしたらむしろ危ないと思った方がいい。


様々な視点で物事を眺めてみて、情報をしっかりと仕入れてから判断をする。そうすれば、自分の権利だけを主張することにのみとらわれ、その裏にある義務を忘れてしまい、独りよがりな方向に突き進むことはなくなるはずだ。


それは本当の意味で自分の納得のいく結論を出す近道でもある。


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