裁判官も巻き込まれる賃貸住宅の清算トラブル

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先日、「結局、敷金は返ってくるのか?」という記事を書いた。現在、賃貸住宅も含めた契約に関わる法律の大きな改正の議論が続いているが、法律の大改正が行われても、現状の改正案の内容では敷金の清算をめぐるトラブルは無くならないだろう、という内容だ。

そこでは、国民生活センターに寄らせられている相談のなかで賃貸マンション・アパートをめぐる相談件数は全体の3位を占めている…ということも紹介した。この相談件数が多いという状況は今後も続いて行くはずである。

これは見方を変えると、賃貸住宅を利用する際は退去時の清算に関するトラブルに巻き込まれることを想定しておくべきだともいえる。想定しておけば事前に対処することもできるはずである。今回は賃貸住宅を退去する場面において賃貸住宅の清算でトラブルをこじらせないための思考方法を考えてみる。

■キーワードは、「情報力の差を埋める」ということ

入居者と不動産業者と間の決定的な差、それは「情報力の差」である。

私は裁判手続の依頼にくる方に「裁判官だって自分で賃貸住宅を退去するとしたら、トラブルに巻き込まれるはずですよ。リフォーム費用の明細の中身なんて、実は裁判官にだってよく分かってないのですから。」と、冗談を言うことがある。

裁判官だって法律のプロではあっても内装に関することについて言えば素人なのだ。これは裁判官としての力量の問題とは全く関係のない話である。

つまり、求められている情報の中身が違う、ということだ。

私も含めて不動産に関する業界と縁のない世界で生きている人にとって、不動産業者との間には圧倒的な「情報力の差」がある。当たり前のことだと思う人もいるかもしれないが、この当たり前のことを改めて認識することが大切である。

「情報力の差がある」ということを認識しておくと、物件を退去したあとに高額なリフォーム費用の請求書が送られてきたとしても、あわてて不動産業者に電話を掛け「もうちょっと安くならないか」などと交渉を開始する…ということは避けた方が良いということが分かる。

不動産業者の言い分が正しいのかどうか、判断をするほど「情報力の差」は埋まっていないからだ。

■「入居者は通常の使用による汚れなどについては原状回復義務を負わない」という基準を理解する

「情報力の差を埋める」とは文字通り情報収集をするということなのだが、不動産業者と同じレベルまでの知識を身に着けることは容易ではない。では、賃貸住宅の退去の際、入居者が「情報力の差を埋める」にはどうしたらよいか。

まず、自分が直面している問題について「基準」がどこにあるのかを知っておくということからはじめてみるという方法がある。

今回のテーマである賃貸住宅に関するトラブルについては、紛争の件数が多いこともあって、行政からしっかりとした基準が示されている。国土交通省が旧建設省時代から示している「賃貸住宅の原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」である。

そこでは、「入居者は通常の生活で発生した汚れについては原状回復義務を負わない」という基準が示されている。これは裁判実務上でも通用する基準でもある。

ガイドラインにはこの基準を実現するために2つのポイントがある。簡単に紹介すると、1 汚れの例をあげて入居者負担とするべきものか大家さんの負担とするべきものかを例示している点、2 減価償却の考え方を取り入れている点だ。

減価償却の考え方とは、クロスを例にあげると6年で減価償却するとされているが、これは6年経過するとクロスの価値がゼロになるということだ。入居してから6年を経過しているようなケースでは、現状ではクロスの価値はゼロになっているのであるから、仮に入居者の不注意でクロスに汚れがついていたとしても、入居者は賠償しなくてもよい…ということになる。(もちろんケースバイケースで、何でもこうなるというわけではない)。

このガイドラインは、内装に関することに詳しくなくても利用できるものだ。この基準を具体的に自分のケースに当てはめるとどうなるかを事前に検討しておく。そうすることで、交渉の中では、相手の言い分がこの基準からはずれているかどうかをチェックすることができる。

基準からはずれている相手の言い分については、それが正当な主張であるかどうかについて、更なる情報収集を行えばよいのだ。

■「情報力の差」を埋めるということは、自分が納得のいく選択をするための準備をするということ

もちろん、ガイドラインをしっかりと読みこんだからと言って、必ず交渉がうまく進むということではない。「情報力の差を埋める」ということは、自分が納得のいく選択をするための準備をするということだ。

これによって、少なくとも、不動産業者との電話で不用意な口約束をしてしまい、その後の交渉をこじらせてしまうという事態は避けることができるはずだ。
 
交渉がうまくいかない場合は更に情報収集を行い、次の段階、例えば問題の解決に裁判手続を利用するかどうかということを具体的に検討するといった段階に進んでいけばよいのである。

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